西日本豪雨
全清連、環境省初期対応グループとして平成30年7月豪雨の被災地支援に出動
広島県全域で延べ31日間、1033名、566台展開
平30年6月28日から7月8日頃にかけ、西日本を中心に広い範囲で記録的な大雨が襲った。各地域で河川の氾濫や浸水災害、土砂災害等を引き起こし、後に「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」と命名される大災害へと発展した。全国で220名以上の犠牲者を出し、また広島、岡山、愛媛の3県だけで290万tと、平成28年熊本地震とほぼ等しい災害廃棄物が発生した。この様な状況で(一社)全国清掃事業連合会は、環境省の災害廃棄物処理支援ネットワーク(D.Waste—Net)の初期対応グループとして、被害が深刻な地域の一つで、いち早く支援要請が来た広島県三原市を中心に支援活動を展開。同県での活動期間は全域で延べ31日間、人員1033名、車両566台の規模に及び、被災地の災害廃棄物処理を支援した。
平成30年7月豪雨の被害が広がった要因は、6月29日に発生した台風7号、さらに同台風の影響を受け梅雨前線が停滞し、長期にわたり大雨が降り続いた影響が大きい。気象庁では7月6日、長崎県、福岡県、佐賀県、広島県、岡山県、鳥取県、京都府、兵庫県の順で大雨特別警報を発表。翌7日には岐阜県、8日には高知県と愛媛県、最終的に11府県に警報を発表した。
各地域では7日から河川の氾濫、土砂災害が生じ始め、電気、ガス、水道、道路など各種インフラが寸断。住宅被害は31道府県で48,470棟、さらに家屋損壊等により広島県で195万8,200t、愛媛県で52万9,539t、岡山県で41万2,900tもの災害廃棄物が発生した。
全清連の会員には、従業員や施設、車両に大きな被害はなく、発災直後からそれぞれの地元で災害廃棄物収集に取り組んだ。
岐阜県では、岐阜県清掃事業協同組合(岐清協)が岐阜県との「無償団体救援協定」に基づく要請を受け、10日付で同県関市においてダンプ2台、パッカー車1台、各2名乗車にて、7月12〜27日の期間で13日間の支援活動を実施。
また被害が大きい広島県では、(一社)広島県清掃事業連合会(広清連)との「災害時無償支援協定」に基づき、10日付で県から広清連に支援要請が寄せられた。これを受け三次市、府中町、海田町、坂町、世羅町、東広島市から要請があり、関係団体との連携のもと各地域で順次支援活動を展開した。
活動期間は、海田町で14日から延べ12日間、世羅町で10日から延べ12日間、東広島市で7月30日から随時、府中町で15・28日の2日間、坂町で16日から延べ9日間、また三次市は被災直後の9日から会員一社が活動していたが、10日から広清連の支援部隊が加わり延べ22日間、広島市も広島市廃棄物処理事業協同組合を通じ延べ21日間、支援部隊を派遣し、被災地の収集運搬や、仮置き場からの災害廃棄物転送を支援した。
一方、全容把握を進めていた環境省でも7月12日、全清連に対し廃棄物適正処理推進課長名で「平成30年7月豪雨により生じた災害廃棄物処理へのご協力について」とする支援要請を発出。これにより、全清連としても環境省の災害廃棄物処理支援ネットワーク(D.Waste—Net)の初期対応グループとして出動することが決まり、いち早く全清連に直接支援要請が出された広島県三原市へ向かうことになった。
第1次支援は7月16日から7日間、広清連、鳥取県清掃事業協同組合、山口県清掃事業連合会、さらに地元の三原市清掃事業協同組合の合同チームが、地域の災害廃棄物収集運搬に当たった。その後は一度、災害廃棄物の収集運搬を電話受付によるスポット対応に切り替えたが、被害の大きさから想定より多くの依頼が殺到。対応が困難と判断した三原市はさらなる支援を全清連に要請し、第2次支援として広清連、(一社)大阪府清掃事業連合会の合同チームが8月6日から5日間現地に入った。第一次、二次合わせ、延べ12日間、人員282名、車両138台の規模で被災地を支援した。